遺伝性腎臓がんの画期的新薬「belzutifan」が、米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けた。新薬はがんの増殖を促進するタンパク質、HIF(低酸素誘導因子)-2αの阻害により奏功するが、これは1990年代のHIF-2α遺伝子の発見に始まって、その働きを阻害する化学物質の探究から医薬品の開発、治験まで25年に及ぶ学際的な研究の成果という。
新薬を開発した研究グループが所属する米国テキサス大学サウスウェスタン医療センターのサイトで、開発の経緯が8月に報告された。
奏功率49%
米国の製薬会社、Merck社のbelzutifanが承認されたのは、腎臓がんの中でも、遺伝性疾患であるフォン・ヒッペル・リンドウ(VHL)病に関連した腎細胞がんに対して。
VHL遺伝子異常に基づいてVHL関連の腎細胞がんと診断された61人を対象とするフェーズII臨床試験の結果を受けて承認された。
対象患者は他のVHL関連腫瘍も有し、そのうち中枢神経系血管芽腫と膵神経内分泌腫瘍に対してもbelzutifanが承認された。
試験ではbelzutifan 120mgを1日1回、病勢進行または受容不能な毒性が現れるまで投与し、腎細胞がんについて49%の奏功率が得られた(中枢神経系血管芽腫は63%、膵神経内分泌腫瘍は83%)。
belzutifanの作用の元になっているHIF-2αは、1997年にテキサス大学サウスウェスタン医療センターの研究グループにより発見された。HIF-2αは別のタンパク質HIF-1βと結合してヘテロ二量体を形成し、これがDNAと特定の場所で結合して、がんの成長を促進するVEGFなどの他のタンパク質を生成させると分かった。
当初、HIF-2αは創薬につながらないと考えられていたが、2003年になって、HIF-1βと結合するための“ポケット”(窪み)を持つことを同医療センターの別分野の研究グループが発見。これを利用してHIF-1βとの結合を妨げる薬の可能性が浮上した。
バイオ医薬品会社を設立して医薬品化
その後、 20万種に及ぶ“drug-like(薬らしい)” 化合物の中から、この窪みに結合する有望な化合物が探究され、やはり同医療センターの研究グループが設立したバイオ医薬品会社(2019年にMerck社が買収)を通じて医薬品化が行われた。
最終的に、後にbelzutifan となるものを含む3種類のHIF-2α阻害薬が開発され、2016年には、ヒトの腎腫瘍を移植したマウスを用いた実験が行われた。その結果、ヒト腎腫瘍の50%に対して活性が確認され、当時腎臓がんの治療に最もよく使用されていたスニチニブより活性も忍容性も高いと証明され、科学誌『Nature』に発表された。
2018年には人間を対象とした初めての試験が行われ、対象患者51人の半数以上でがんが縮小または不変となり、安全性、忍容性、活性が証明されて、今回の臨床試験につながったという。
belzutifanの開発をめぐる経緯は、医学の発達において学際的な協力や基礎科学に対する投資が持つ価値を実証するものと研究グループは指摘している。