免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は、がん免疫療法の主力薬として多くの患者の予後を改善してきたが、
一部の患者では「免疫的に冷たい腫瘍(cold tumor)」のため効果が限定的である。
研究チームは、非腫瘍抗原を標的とするmRNAワクチンが腫瘍免疫環境を変化させ、ICIの感受性を高めるかを検証した。
- 研究機関→ テキサス大学MDアンダーソンがんセンター、フロリダ大学など
- 論文掲載誌→ Nature(2025年10月22日公開)
- 研究目的→ SARS-CoV-2 mRNAワクチンが腫瘍免疫環境を変化させ、ICIの反応性を向上させるメカニズムを解明する。
- 解析方法→
マウスモデルでのmRNAワクチン投与実験と、非小細胞肺がん(NSCLC)・悪性黒色腫(melanoma)患者の臨床データ解析を組み合わせた多層的研究。 - 主要な研究結果→
- mRNAワクチン接種によりⅠ型IFN(IFN-α)が急上昇し、樹状細胞・マクロファージなど抗原提示細胞(APC)の活性化を誘導。
- APCによる腫瘍抗原提示が促進され、CD8⁺T細胞の増殖と腫瘍浸潤が活発化。
- 腫瘍細胞ではPD-L1発現が上昇し、ICI(抗PD-1/PD-L1抗体)との併用で強力な腫瘍抑制効果を発揮。
- 臨床データによる検証→
- 対象:ICI治療を受けた非小細胞肺がん患者(n=884)および悪性黒色腫患者(n=210)。
- ICI開始から100日以内にmRNAワクチンを接種した群では、生存率が顕著に上昇。
- 非小細胞肺がんでは中央値生存期間:20.6か月 → 37.3か月(HR=0.51, p<0.0001)。
- 悪性黒色腫では3年生存率:44.1% → 67.6%(HR=0.37, p=0.0048)。
- インフルエンザや肺炎球菌ワクチンでは類似の効果は認められず。
- 病理学的解析→
- mRNAワクチン接種から100日以内に採取された腫瘍では、PD-L1発現率が24〜41%上昇。
- PD-L1陽性率50%以上(ICI単剤治療適応)を満たす割合が29%増加。
- メカニズムの特定→
- RNA-LNPワクチンによるIFN-αシグナルが、腫瘍内マクロファージと樹状細胞を再活性化。
- IFN受容体遮断で抗腫瘍効果が消失し、IL-1経路の遮断では影響なし。
- mRNA構造やLNPの高次構造がMDA5経路を刺激し、自然免疫応答を誘導する。
- ヒトでの免疫応答観察→
- 健常者にmRNAワクチンを接種すると、24時間以内にIFN-αが約280倍上昇。
- ナチュラルキラー細胞やT細胞が活性化し、免疫系全体が一時的に再プログラム化。
- 7日以内に基準値へ回復。
- 免疫的に冷たい腫瘍(TPS<1%)への影響→
- ワクチン接種によりICI非反応群の生存率がICI反応群と同等レベルに上昇。
- mRNAワクチンが腫瘍免疫環境を「冷」から「温」に変えることを示唆。
既存の感染症mRNAワクチンが、がん免疫療法の効果を強化しうるという予想外の発見。
個別化がんワクチンに依存せず、広く利用可能なmRNA製剤を「免疫感作剤」として活用できる可能性を示した。
臨床・動物・免疫データを統合した本研究は、免疫療法戦略の新たな地平を開くものである。
